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 洛中サンダース 才門俊文

 洛中ロータリークラブに入会して、何か運動系の同好会にひとつ入ってみたかったことと、先輩ロータリアンからの勧めもあって、洛中サンダースに入ることとしました。
 野球といえば、私が小学校4年生の時に、友達から「今度野球チームが出来るから、才門も一緒には入れへん?」と誘われ、いつも遊んでいる友達が2、3人入るのであまり考えずに、一緒に入部しました。6年生から4年生の子供を合わせて20人程にチームでしたでしょうか。その時に、各々好きな番号を監督に言ってユニホームが用意されました。上級生が取った後の残っていた番号の中で割と若い番号が11で、その時はあまり考えずにその数字を口にしましたが、後で考えますと阪神タイガースの大エース村山実の背番号でした。チームは始め軟式で始まりましたが、一年後全日本硬式野球連盟という団体に突然属することとなり、もちろんボールも軟式から硬式となりました。その時に事件が起こりました。ある日練習前に選手全員が呼び出され、次の大会の説明があり、その後監督が「才門、悪いが君の背番号、○○くんに譲ってくれんか。11といえばリリーフピッチャーの数や。お前には26番を渡すさかい」子供心にショックでした。降格を意味することぐらい子供でもすぐ分かりました。悔しいやら情けないやら。その気持ちとは裏腹に「監督、分かりました。いいですよ」と差し出しました。それから、中学二年の二学期のはじめ学校のサッカーで足を骨折して自主引退するまで、控えのセカンドとしてプレーしました。野球部の同級生の親友達はその秋に予選を勝ち上がり、神宮球場で全国大会に臨みました。帰ってきてから親友たちの話を聞き、「プロ野球選手がプレーする球場ってどんなんやろ」と考えを巡らしました。野球をやっているときは、巨人の星を代表するようにスパルタ式が普通で、「練習中に水飲んだ人間は負け犬や!」と監督・コーチにどやされました。今から考えるとおかしくなりますが。野球をやっているときは、あまり良い思い出がありませんが、洛中サンダースに入って、「あー、小さい頃野球をやっててよかったな~」と思いました。背番号11を付けたユニホームに袖を通し、ショートで3番を前回の大会で経験させてもらいました。洛中の他のメンバーには分からなかったかもしれませんが、涙が出る程嬉しかったのです。やっと背番号11が私のもとに帰ってきた。それもレギュラーで。そして神宮球場どころではない、あの憧れの甲子園に出るチャンスがある。残念ながら昨年は前夜祭だけで試合は雨のため中止となりましたが、一年ぶりに、今年7月7日の七夕の日に、甲子園でプレーするチャンスが再び巡ってまいりました。背番号11を背負って洛中サンダースの一員として甲子園の土を踏むことができる。野球をやっていて良かった。こんな機会を与えてくれるロータリークラブ、洛中サンダースの皆さんに感謝、感謝。星空に向かってこれから毎日祈らなければなりません。
 「どうか7月7日は雨になりませんように、織姫、彦星様」