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早瀬信善

 私の干支は菟ですが、古来、宇治(うじ)は菟(うさ)であった。菟道(とどう)と言う地名は今もあり、宇治を開いたとされる菟道稚郎子皇子(うじのわきいらつこおうじ、応神天皇の皇子、仁徳天皇の弟)にも、菟の名が見て取れる。ちなみに、皇子は西暦397年(古事記干支崩年)不遇の生涯を終え、その墓は、京阪宇治線宇治駅の北側に現存し、宮内庁管理の下、こんもりとした樹木の佇まいを今に留めている。さらに、菟(うさ)の源流は、九州大分県「宇佐(うさ)神宮」にある。全国八幡宮の総本山として、応神天皇が祀られている。4年前当地を家族旅行で訪ねた際、隣接する安心院(あじむ)に宿をとった。初代桐田会長の故郷と知ったのは、当然、入会後である。ここに、古代の歴史ロマンと洛中RCが不思議なご縁で繋がったのであった。
(写真は、家族旅行(熊本)阿蘇神社にて)